ドナルド・トランプとイスラエルは親友-パレスチナ問題の行方は?

ネタニヤフ首相

2009年5月18日にホワイトハウスで話すオバマ大統領とネタニヤフ首相

パレスチナ問題についての
最新の話題は、

2016年12月23日に
国連安全保障理事会が

ヨルダン川西岸と東エルサレムで
イスラエルがすすめる

入植地建設を違法だと非難し、
建設停止を求める決議案を
採択したことです。

こうしたイスラエルを
非難する決議は、

イスラエルと関係の深い
アメリカが拒否権を発動して

廃案になるのが慣例です。

今回、オバマ政権は棄権に回り、
イスラエルを守りませんでした。

これは極めて異例のことです。

AFP通信によると、

国連がイスラエルの入植を
非難する決議を採択するのは

1979年以来のことだそうです。

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この前日にも安保理で

エジプトが決議案を提出する
動きがありましたが、

イスラエル政府の要請を受けた
ドナルド・トランプ氏が

エジプトのシシ大統領に
電話して反対を表明したため、

いったんおあずけになっていました。

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しかし、マレーシア、ニュージーランド、
セネガル、ベネズエラが決議案を提出し、

ドナルド・トランプ氏の動きは
無駄に終わりました。

こちらが、アメリカの棄権によって
通ったイスラエル非難決議に対する
反応として

広くニュースで紹介されたものです。

さらに、このような
tweetもされています。

「昨日の国連でのイスラエルの
大きな損失により、

和平交渉はより困難になった。
なんてこった。でもやりきるしかない!」

私が思っていたより、
イスラエル愛が強いようです。

これまた世界をお騒がせした
ドナルド・トランプ氏のtweetです。

「アメリカは、世界が核について
正気になるまで核戦力を
大いに増強すればいい」

ドナルド・トランプ氏の
頭の中を理解するには、

イスラエルと、イランと、核。

この3者が不可分である
気がしてなりません。

ドナルド・トランプ氏の
イスラエルに関する発言を

追ってみましょう。

昨年、彼はパレスチナ問題については
「中立的立場」を取り、

平和をもたらす役目を担う、
と言っていました。

それが次第にイスラエルに
対する好意を示すようになり、

ネタニヤフ首相の政策への支持を
繰り返し表明しました。

同時に、オバマ大統領が実現した
イランの核合意を
非難するようになりました。

イスラエルはかねてから、
イランを最大の脅威とみなしています。

2016年2月の時点でも、

ドナルド・トランプ氏は
サウスカロライナ州の集会で、

「イスラエルとパレスチナの
和平交渉において
中立的な存在になる」

と発言しています。

このあたりで、従来から
イスラエルの安全保障を

最優先課題とするユダヤ系
アメリカ人の支持取り込みを

重要戦略に掲げてきた共和党内で
不安が広がったため、

ドナルド・トランプ氏は選挙戦略の
一環としてイスラエルシフト
したのではないかと考えられます。

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2016年3月、イギリスのDailyMail.comの取材に対して、以下のようにこたえています。

  • ヨルダン川西岸にイスラエルが新しく入植地を作ることを好意的に見ている
  • イスラエルに対してミサイルがうちこまれている。そしてアメリカはイスラエルを適切に扱っていない。
  • そうした現状の上で、和平交渉ができないものか、希求したい。私が言っているのは、2週間だけ続いてまたミサイルが撃ち込まれるような和平ではなく、永続的な和平ということだ。

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あとドナルド・トランプ氏が
イスラエル寄りになる要因として
考えられるのは、

「事実上のファースト・レディ」
イヴァンカさんがユダヤ教信者である
ということも影響しているかもしれません。

イヴァンカさんはもともと
キリスト教信者でしたが、

夫のジャレッド・クシュナーさんが
ユダヤ教信者であったために、
結婚前に改宗しています。

しかし、もっと重要なことが
背後にあるはずだと思っています。

今日は時間切れでここまでですが、

イスラエルは中東和平の核心に
違いないので、

ドナルド・トランプ氏と
イスラエルのかかわりを

これから注目していきます。

パレスチナ問題について
あらためて復習しておきましょう。

おおもとの原因を作ったのは、
イギリスとアメリカです。

イギリスは、大英帝国の時代より、
その巧みな外交術で知られています。

1914年からの第一次世界大戦で、
イギリスはオスマントルコ帝国と
対決しました。

トルコに対する立場を
有利にするため、

イギリスはパレスチナに昔から住み、
独立を願っていたアラブ人の
協力を得ようと、

1915年に
フサイン=マクマホン協定を結び、

戦後の独立を約束しました。

戦費がかさみ、
ロスチャイルド家から多額の資金援助を
引き出そうと考えたイギリスは、

1917年にはバルフォア宣言を発し、
パレスチナにユダヤ人国家を
作ってもいいと約束しました。

さらに、1916年には
イギリス、フランス、ロシアの間で

オスマントルコ帝国の勢力圏を
分割するサイクス・ピコ協定を
結んでいました。

これらはもちろん、全て秘密の
協定だったのですが、

のちに1917年のロシア革命後の
革命政府に暴露され、

イギリスの三枚舌外交として
有名になりました。

本当にまあ、めちゃくちゃです。

第1次大戦後、当然のように
パレスチナの地で

アラブ人とユダヤ人の対立が
激化します。

第2次大戦後、
国連のパレスチナ分割決議案によって、

パレスチナ内でのアラブ人居住地区と
ユダヤ人居住地区が定められました。

しかし、この案はユダヤ人に
たいへん有利な内容でした。

それは、当時アメリカ大統領であった
トルーマン大統領が

国内の600万人ともいわれる
ユダヤ人を意識して

国際的な圧力をかけた
結果だといわれています。

トルーマン・ドクトリンで
有名なトルーマン大統領は、

冷戦も含めて戦後世界秩序の
創始者ともいえそうです。

このあたりまでの流れを
分かりやすく図解してくれている

サイトがありますので、紹介します。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓
分かりやすいサイトはこちらをクリック

イスラエルは、
1967年の第3次中東戦争で

パレスチナの一部を占領し、

ハルホマをはじめとする地に
入植をはじめました。

国際社会はこれを非難し、
国連安全保障理事会で非難決議案が
出されましたが、

アメリカの拒否権により
阻止されました。

一般的な理解では、

イスラエルが占領地に
入植することは、

国際法違反であると
考えられています。

ハルホマの状況についての
秀逸なレポートがありますので、

ご参照ください。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓
レポートその1はこちらをクリック
レポートその2はこちらをクリック

レポートその2から、
入植の状況についての
記事を引用します。

イスラエルの平和団体ピースナウの調べでは、93年に11万6000人だった西岸への入植者は、08年に121カ所で約28万人と、2.4倍にふくれあがった。東エルサレムの入植地の約20万人を加えると、計48万人に達する。
それだけではない。実は西岸にはさらに約100カ所、イスラエル政府の許可さえ得ていない入植地がある。その一つでラマラの東方にあるミグロンを訪ねると、約40戸の仮設住宅が有刺鉄線のさくで囲まれている。02年に建設された。パレスチナ人の地主はイスラエルの裁判所に入植地撤去を訴え、裁判所は06年に撤去を認めたが、何も動きはない。

「壁」といえば、ベルリンの壁が有名です。
その壁は、冷戦の終結とともに
壊されました。

パレスチナにも、「壁」があります。
ユダヤ人入植地に、

本来パレスチナ人の土地であるところに
食い込むように建設されていく「分離壁」。

国連のパレスチナ分割決議案以後の
状況についてよくわかるレポートをどうぞ。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓
レポートその3はこちらをクリック

私はシリアをめぐる情勢から
判断して第三次世界大戦の
心配はないと判断していますが、

イスラエルはやはり気になります。

パレスチナ自治政府も、1988年に
独立宣言をしており、世界中の
多くの国が国として認めている中で

日本はまだ認めていない状態で、

イスラエルとパレスチナ国の関係は
世界で最も困難なもののひとつ
ですから、

本当に人類の叡知が
試されているのだとおもいます。


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