ドナルド・トランプと知られざる諜報機関の世界①

マイク・ポンぺオ氏

 トランプ氏からCIA長官に指名されているマイク・ポンぺオ氏

今日は、普段あまり情報に
触れることのない、

世界の諜報機関についてまとめます。

ドナルド・トランプ氏がCIAを
まともに相手にしていないという

ニュースはご存知かもしれません。

なぜ彼がそうするのか?まで
解説していきますが、

今回は諜報機関について
2回シリーズで

まずは世界の諜報機関の
紹介からはじめたいとおもいます。

日本語のページですと、

【スパイ】世界の対外諜報機関
ランキング【TOP10】

という記事がよくまとまっています。

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諜報機関のまとめ記事はこちらをクリック

これは、ある英文記事の
要約とみせかけた

創作記事です(笑)。

あらためてわたしが原文に忠実に
全文を翻訳します。

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英文の元記事はこちらをクリック

世界でトップ10の諜報機関

諜報機関は、国力を増大させる
効果的な道具です。

攻撃的な諜報活動は、
標的を不安定化させる

第一の武器となります。

実際には、諜報機関が実際に
何をしているのか

誰も知る人はなく、

最高の諜報とは何なのかを
定義することは困難です。

まさに諜報のこの性質は、

成功した作戦については
長期にわたり人々に知られることはなく、

失敗や物議をかもすような作戦は
メディアに取り上げられる

ということを意味します。

報われない仕事です。

とはいえ、明らかになっている
わずかなことから、

不完全なデータに基づいているという
理解のもと、よりよい諜報活動についての

概念を得ることができます。

10位 ASIS オーストラリア

設立:1952年5月13日
本部:オーストラリアの首都キャンベラ
年間予算:1億6250万オーストラリアドル(2007年)
責任を持つ閣僚:ステファン・スミス外相
機関責任者:ニック・ワーナー長官

ASIS(Australian Secret Intelligence Service)は、
外国の情報を収集する

オーストラリア政府の諜報機関であり、

防諜活動を行い、
海外の諸諜報機関と協力関係にあります。

20年以上にわたって、
この諜報機関の存在は

自国政府に対してさえ秘密でした。

その第一の責任は、
広範囲に駐在している

エージェントを使って

主にアジア太平洋地域の

利害にかかわる機密情報を
集めることです。

その主要な目的は、
多くの諜報機関と同様に、

自国の政治的経済的利害を守り、
国家的な脅威からの

オーストラリア国民の安全を保障することです。

9位 RAW インド

設立:1968年9月21日
本部:ニューデリー
機関責任者:ベルマ長官
上位機関:首相府

RAW(Research and Analysis Wing)は、
インドの諜報機関です。

新たに独立したインド共和国が

1962年の中印戦争、1965年の印パ戦争と
立て続けに戦争に直面し、

信頼できる諜報の仕組みが
欠けていることが明らかになった後、

1968年に設立されました。

その主要な任務は、外国の情報収集、
反テロ、隠密作戦です。

加えて、外国政府や企業、
人物についての情報を収集分析し、

インド外交の政策策定者に助言する
ことにも責任を負っています。

RAWが創設されるまでは、
諜報局が国内外の諜報を担当していました。

8位 DGSE フランス

設立:1982年4月2日
前身機関:対外考証・対スパイ局
責任を持つ閣僚:ヘルべ・モリーン防衛相
機関責任者:エラール・コービン・ド・マンゴー理事長

DGSE(Directorate General for External Security)は
フランスの対外諜報機関です。

フランス防衛相のもとで指揮され、
DCRI(the Central Directorate of Interior Intelligence)

とともに特に海外で準軍事的及び防諜活動を
行うことによって諜報の役割を果たします。

DGSEは、周辺諸国の他の諜報機関と
比べると歴史はまだ浅いですが、

これは前身となる諜報機関が
あまりに多岐にわたっていたため、

1982年に正式に設立された
経緯によります。

DGSEは、国家の軍事的・戦略的決定を
アシストするために

外国の情報源から諜報することに
フォーカスしています。

DGSEの職員は5000人以上です。

7位 FSB ロシア

設立:1995年4月3日
職員:350,000人
本部:ルビャンカ広場(モスクワ)
前身機関:KGB

FSD(The Federal Security Service of Russian Federation)は
ロシア連邦の主要な国内安全保障機関で、

ソビエト時代のCheka、NKVD、KGBの
後継機関です。

FSBは、防諜、国内および国境の安全、
反テロ、調査を担っています。

本部はモスクワのダウンタウンにある
ルビャンカ広場にあり、

これは以前のKGB本部と同じです。

ロシアにおけるすべての法律の執行と
ロシアにおける諜報機関の活動は

必要な場合FSBのガイダンスのもとで
行われます。

チェチェンにおいて、

GRU(ロシアの特殊工作部隊)と
ロシア内務省の軍隊派遣は

FSBと連携しました。

FSBはロシアの国内安全保障、
対スパイ活動、
組織犯罪、
テロリズム、
ドラッグ密輸との

たたかいの任にあたっています。

2006年に予算が40%近く跳ね上がったと
報告されている一方で、

FSBの人員と予算は国家機密になっています。

6位 BND ドイツ

設立:1956年4月1日
職員:6,050人
組織機構:ゲーレンオーガニゼーション
上位機関:中央諜報グループ

BND(The Bundesnachrichtendienst)は、
ドイツの外国諜報機関であり、

首相官邸の管轄下にあります。

BNDは、外国からのドイツ権益に対する
脅威を早期にドイツ政府に警告する

システムとして機能します。

BNDは国際通信の通信傍受と監視に
大きな重点を置いています。

国際テロリズム、
大量破壊兵器の拡散、
テクノロジーの違法な移転、
組織的犯罪、
武器やドラッグの密売、
マネーロンダリング、
違法入国、
情報戦争といった

広範な領域についての情報を収集し、
評価します。

ドイツ唯一の海外諜報機関として、
BNDは軍事情報と市民情報の

双方を集めています。

5位 MSS 中国

管轄:中華人民共和国
本部:北京
機関責任者:国家安全部長 耿恵昌
上位機関:国務院

MSS(Ministry of State Security)は、
中華人民共和国の安全保障機関です。

おそらくは中国政府で最大にして
最も活動的な外国諜報機関であり、

国内治安にもかかわっています。

刑法の第4条は、
MSSに国家の安全にかかわる犯罪について

検察院と法廷と同じ監督のもとで
通常の警察と同じように

人々を逮捕したり拘束する権限を
与えています。

本部は、中華人民共和国の
公安部の近くにあります。

中国共産党及び公安部のもとにある
司法部部長劉福連によると、

MSSのミッションは

「敵国のエージェント、スパイ、
中国の社会主義システムに
破壊工作を仕掛けたり
それを転覆させようとする
反動的活動に対して
効果的な方策により
国家の安全を確実にする」ことです。

MSSの第一義的なミッションのひとつは、

疑いなく海外諸国のターゲットから
機密情報を集めることです。

多くのMSSエージェントたちが

大中国圏(香港、マカオ、台湾)で活動し、

世界の巨大な共産主義者の
コミュニティにそれらを統合していったと

言われています。

ある時、非公式の影響力のもとで

アメリカ、
カナダ、
西ヨーロッパ、
北ヨーロッパ、
日本で

ビジネスマン、
銀行家、
法律家、
ジャーナリストとして

活動していた120人近くのエージェントが
中国に呼び戻されました。

この事実は、MMSのエージェントが

いかに地理的に広い範囲を
カバーしているかを示しています。

4位 Mossad イスラエル

設立:1949年12月13日
職員:1,200人
機関責任者:マイヤー・ダガン
上位機関:首相府

Mossad(モサド)は、

準軍事的活動を含む、
機密情報収集と秘密作戦に任じています。

アマーン(軍事諜報)と
シン・ベート(国内安全保障)とともに

イスラエル情報コミュニティーの
主要組織のひとつですが、

モサドの長官は首相に
直接情報提供をします。

モサドの成功例は数多くあります。

イスラエルの諜報機関は、
1972年のミュンヘンオリンピックで

イスラエルの11人の選手たちが
殺害された攻撃への報復として

PLOの多くの諜報員を葬ったことで
最も知られています。

そして、1967年の六日戦争に先立ち
MiG-21を獲得したこと、

フランスとの取引がこじれたあとに
ミラージュ5の設計図を

盗み出したことでも
その名をとどろかせています。

モサドはまた、1980年代に

アメリカがポーランドの
「連帯」を支援するのを助けました。

3位 ISI パキスタン

設立:1948年
管轄:パキスタン政府
本部:パキスタン国イスラマバード
機関責任者:アーメド・シュジャー・パシャ中将

成功事例の多さとスケールでいえば、

ISI(The Inter-Services Intelligence)が
これまでで最もよく知られた諜報機関です。

ISIは1947年に始まった
印パ戦争の間に

パキスタン軍の諜報力のパフォーマンスを
強化するために

1948年に独立した機関として
創設されました。

ソビエトによるパキスタンの全面侵略を
招くことなくその目的を達成した成功は、

諜報界では比肩するものがない偉業でした。

当時最強のKGBは、
ISIに対抗し、

中央アジアにおけるソビエトの利益を
守ることに失敗しました。

ISIはその歴史の中で、

二重スパイも、
離脱者も経験したことがありません。

そして印パ戦争で実行した一連の活動は、

ISIが退治したそのまさにソビエトの人々から

買い付けたドラッグを売ることで
調達したお金によって

実行されたのです。

また、ISIは核兵器を
その武装のときから守り続け、

南アジアで圧倒的な支配権を
得ようとするインドの試みを、

インド国内の不安定化を通じて
くじきました。

ISIはパキスタンにおいて
超法規的な存在であり、

「国家の中にある国家」と
いわれています。

ISIの政策は、陸軍を例外として、
他の全ての組織の「外側で」立案されます。

ISIのエージェントが
カメラにおさまったことは

いまだかつてありません。

ISIは世界中で最も多いエージェント、
10,000名近く、を抱えていると

考えられています。

衝撃的なことに、
ISIはトップ10の諜報機関のうちで、

最も予算の少ないもののひとつです。

2位 MI-6 イギリス

設立:1909年
管轄:イギリス政府
本部:ロンドンのボクソールクロス
責任を持つ閣僚:ウィリアム・ヘイグ下院議員、外務・英連邦大臣
機関責任者:ジョン・サワーズ
上位機関:外務・英連邦省

イギリスは、その強力な諜報機関が
古くから一般に認知されています。

(非現実的だがエンターテイメントとして
優れているジェームズ・ボンド映画シリーズによって)

MI6が強力だという認知は、
現実にマッチしています。

CIAと同等であるイギリスのMI6は、

強力でありつづける理由として
2つの大きな優位性があります。

イギリス公職守秘法と

D通告(政府が機密保持のため特定の報道を
差し止めるむね報道機関に発する通告 訳者注)が

機密情報のリークをよく防いでいます。

(リークはCIAの存在の
もとでは致命傷になります)

少しストーリーを披露します。

冷戦時代、MI6はオレグ・ペンコフスキーを
リクルートしました。

彼は、キューバミサイル危機の
望ましい解決に

キーとなる役割を果たしました。

また、MI6はオレグ・ゴルディエフスキーを
リクルートしました。

彼は、フィンランド経由で
MI6に機密情報をもたらしました。

彼は10年にわたりソビエトで
諜報員として活動していました。

イギリスはノーウッドの活動に
気づいていましたが、

手の内を見せない決断を下しました。

MI6はまた、
Tu-144超音速旅客機プログラムに対して

文書を改ざんし、
それが確実にKGBの手にわたるようにして

妨害工作を行ったとうわさされています。

1位 CIA アメリカ

設立:1947年9月18日
職員:20,000人
機関責任者:レオン・パネッタ長官
上位機関:中央情報グループ

CIAは最大の諜報機関であり、
他国からアメリカの政策に影響しうる

データを収集することに任じています。

CIAは文民統制の政府機関であり、

国家の安全に関する機密情報を
アメリカの政策立案者たちに

供給するのが役目です。

CIAは、アメリカ大統領の求めに応じて、

秘密活動にも関与します。

CIAの第一の機能は、

外国政府、企業、個人に関する
情報を集め、

公共政策立案者たちに
助言することです。

CIAは、秘密作戦と準軍事的活動を実施し、

アメリカ中央情報局特殊活動課を通じて
外国に政治的影響を与えます。

CIAは9.11を含むテロ活動を
コントロールすることに失敗してきました。

過去9年間の間に、
アルカイダのトップレベルリーダーは

ただのひとりも捕まっていません。

また、ソビエト軍が
アフガニスタンに侵攻することによって

「多くを失った」ともいわれています。

イラクの大量破壊兵器は、
結局発見されたでしょうか?

二重スパイや離反者は
1,000人近い数に上ると見られています。

CIAの50周年にあたり、
クリントン大統領はこういいました。

「必要性があるので、アメリカの人々は
勇敢なるストーリーの全貌を
知ることはないだろう。
実際、CIAが本当は何をやっているのか、
知る者はいないのです。」

CIAは世界で最も予算も豊富にあり、
テクノロジーに秀でた諜報機関です。

翻訳責任者:溝渕卓生


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