ドナルド・トランプの資産家への道-史上最もお金持ちの大統領

トランプのビル

ドナルド・トランプ氏は、

39億ドル(約4563億円)から
100億ドル(約1兆1700億円)の

資産を持っているとされています。

※為替レートは12/23の約117円を使用

フォーブズのランキングでは、

アメリカの長者番付である
Forbes 400 で156位(2016)

世界の億万長者番付である
Billionairs で324位(2016)
(アメリカでは113位)

ちなみに、
世界で最も影響力のある人ランキングでは
2位(2016)にランクインしています。

Forbes The World’s Most Powerful People
(世界で最も影響力のある人々)

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ドナルド・トランプ氏の半生を
簡単に振り返りましょう。

ドナルド・トランプ氏は
1946年6月14日

ニューヨークに5人兄弟の
末っ子として生まれました。

母メアリー・アンは、
スコットランド西海岸の沖にある
ルイス島で生まれ、

のちにアメリカに移民しました。

父フレッド・トランプは、
ドナルド・トランプ氏が生まれたとき、

ニューヨーク・シティ、
特にブルックリンで大きな不動産事業を
起こしているところでした。

そしてニューヨークの
不動産ディベロッパーとして
成功をおさめました。

父のビジネスはもちろん

ドナルド・トランプ氏に
影響を与えましたが、

彼に他の不動産業界の成功者との
決定的な違いを生む何かを
植え付けたのは、

むしろ母のほうでした。

クイーンエリザベス二世の戴冠式で
母がその壮観な様子に感情を
押し流されるのを見て、

6歳のドナルド・トランプ氏は

「ぼくは自分の中でショーマンシップ
の感覚が生まれたことに気づいた。

母はいつもドラマチックなものへの
直感をはたらかせている」

と日記に記しました。

ドナルド・トランプ氏は

クイーンズ区フォーレスト・ヒルズにある
私立のキュー・フォーレストスクールに
通いました。

しかし、ドナルド・トランプ氏は
トラブルを起こします。

「2年生のとき、私は
先生をなぐりました-音楽の先生が、
音楽を何もわかっていないと腹が立ったので、
パンチしたのです」

のちにドナルド・トランプ氏は
こう回想しています。

父フレッドは、息子の規律が欠けている様子を
心配して、ドナルド・トランプ氏を
ニューヨーク陸軍アカデミーに転校させました。

ドナルド・トランプ氏は高校卒業まで在籍し、
そこで「達成への情熱」を得たと語っています。

ドナルド・トランプ氏はブロンクスの
フォーダム大学に進学し、2年後、

ペンシルベニア大学ウォートンスクールに
移りました。

不動産学部のある数少ない
大学だったからです。

大学在学中から、ドナルド・トランプ氏は
父の仕事をパートタイムで手伝いました。

そして卒業後、正式に入社しました。

最初は、不動産ビジネスにおける心理学を
実地に学びました。

父の建築プロジェクトは、
低所得層から中流層へ登りたいという人々を
対象としていました。

ドナルド・トランプ氏は広いロビーや
洗練された外観ファサード(建物の正面)
英国風のネーミングなどにより、

上質で粋な感じを表現しました。

ドナルド・トランプ氏は
父フレッドの不動産会社

「エリザベストランプアンドサン」に
1968年に22歳のとき入社し、

1971年には経営の実権を握り、
「トランプオーガニゼイション」に改称しました。

彼は、父がターゲットとしていた地域を
超えて、マンハッタンに力を入れ始めます。

ドナルド・トランプ氏は

父の住宅地のアパート事業よりも
大きな事業を起こし、
大きな利益を得ました。

父フレッドは最初は消極的でしたが、
次第に彼を応援するようになりました。

この時期のドナルド・トランプ氏の
最大の取引は、破産しかけの豪華な
コモドールホテルを救済し、

グランドハイアットホテルに改修する
というものでした。

ニューヨーク市の40年間の減税の
サポートも得て、
再生されたホテルは1980年にオープンしました。

1983年、68階建てのトランプタワーを
マンハッタンのミッドタウンに建てました。

表面の黒いガラス、真鍮の枠など、
その後の彼の立てるビルの原型になります。

このころ、ドナルド・トランプ氏は
ディベロッパーとしての成功を
政治の世界に持ち込むようになりました。

セントラルパークのウォルマン・リンクの
リノベーション案件が、

1980年に計画されたものの、
1986年になっても混乱したままでした。

ドナルド・トランプ氏は
リノベーション担当部署の不効率を公に非難し、

エド・コック知事との論争に発展しました。

その中で、ドナルド・トランプ氏は
自分で、しかも無償でリノベーションを
完了させると提案し、

3ヶ月で実現してみせました。

ニューヨーク市の予算をはるかに下回り、
市民の満足度も高く、
この一件で大いに名を上げました。

彼の建設プロジェクトと個性によって、
次第に世間の注目を浴びるようになります。

そして、1987年には、
“The Art of the Deal”という
ビジネス書を出版、

52週間ものあいだ
ベストセラーリスト入りしました。

成功に次ぐ成功の中で、
タージ・マハルカジノの買収で
ギャンブル業にも進出しました。

しかし、急激なギャンブル業での投資がたたり、
1989年には借金を返せない事態に陥りました。

この状況は1991年まで続き、
破産寸前のところで、

債権者たちがカジノの経営権を
半分握ることで

借金の整理に合意し、
最悪の事態は免れました。

これ以降、ドナルド・トランプ氏は
トランプ・オーガニゼイションの
財務体質強化に取り組みます。

例えばおおいに会社の助けになった取引としては、
マンハッタンのダウンタウンにある、

もともとはバンクオブマンハッタントラストビルディング
として知られていた70階建てのタワーです。

ドナルド・トランプ氏はそのビルを

1995年に100万ドルから
1000万ドルの間で購入し、

リノベーションしました。

彼はのちにそのビルを抵当にいれ、

1億6000万ドルを引き出しています。

2006年には、フォーブズはその物件に
2億6000万ドルの価値を認めています。

21世紀になっても、
ドナルド・トランプ氏は

マンハッタンの不動産を買収、
建設し続けました。

2001年には、72階建ての
トランプワールドタワーを完成させます。

大胆な成功例として、
シカゴサンタイムスビルを

7300万ドルで買収したことがあげられます。

はじめ、そこにはシカゴで一番高いビルを
建てる予定でした。

しかし、2001年9月11の9.11テロによって
スケールダウンを決断し、

シカゴで2番目に高いビル
トランプインターナショナルタワーが
建設されました。

2009年のオープン以来、
大いに成功しており、

特にホテルはアメリカ全土の
ベストホテルの一つにランクインする
常連になっています。

ドナルド・トランプ氏は2003年から、
TVのリアリティ・ショー「アプレンティス」の
司会をはじめました。

これは国民的人気の番組になりました。

ドナルド・トランプ氏は
ショーのエピソードごとに

出演料300万ドル(約3億5100万円)を
受け取っていたそうです。

2015年7月の連邦選挙委員会の情報公開によると、

ドナルド・トランプ氏はNBCから
過去14シーズンのショーの司会、
プロデュース料として、

2億1400万ドル(約250億3800万円)を
受け取ったと述べています。

ドナルド・トランプ氏は、
彼の名前と画像をライセンスするという
ビジネスもしています。

彼自身が建てたわけではない不動産に
自身の名前を売っています。

世界中で30以上の顧客があり、
フォーブズによると、

5億ドル(約585億円)以上の
価値のある資産になっています。

そのほかにも
トランプビュッフェ
トランプケータリング
トランプアイスクリームパーラー
トランプバーなど

ありとあらゆるビジネスを展開しています。

衣服、香水、食品、飲料なども
てがけています。

ドナルド・トランプ氏が

有能なビジネスマンであることは、
間違いなさそうです。

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